健康とは?
整体サロンnaturaでは余計な情報を削ぎ落とし「その人らしさ」が出ることを大事にしています。
骨盤が歪んでいるから矯正する、歩き方に偏りがあるから変える、ではなく、その歪みや歩き方が本当に悪いものなのか?それとも健康上支障がないものなのか?を判断し、その人にとって心地のいい身体にしていくことで、その人本来の良さが出てくると考えています。
人の身体には必ず左右差や歪みがあり、それは必ずしも悪いことではないのです。歪んでいることでバランスが取れていることもありますし、基本的な指標の歩きからズレていても、その人の身体にとっては良いこともあるのです。
逆に支障がないのに無理に歪みを変えてしまうことで痛みや不調の原因を作ってしまうこともあります。
人の身体の特性や感覚は千差万別です。それよりも、何か心や身体に余計な情報を取り入れていたり捉われたりしていないか?という視点の方が、健康上非常に大切です。
余計な情報とは?
ここでいう余計な情報とは、その人にとって必要のない情報です。必要のない物を取り入れすぎると、逆に心や身体に負担になります。
例えば、パソコンで色んな使わないソフトをインストールしたり、キャッシュが溜まってくると動作が遅くなったり、不具合が出るのと同じです。
人でいえば、必要のないストレスを溜め込んだり、添加物満載の食事であったり、良いと思って食べている食材の量が多すぎていたり、テレビや雑誌、ネットの不必要な情報であったり、その人の固定観念や執着心・考え方であったりします。
物や情報が簡単に手に入る豊かな時代の背景には、自分には必要のない物や情報も同じように手に入ります。たくさんの物や情報に囲まれるのは一見良いことのようで、逆にそれを扱えず、ストレスや苦しみを生むことにもなります。
パソコンというのはいらない情報が溜まって動作が遅くなりますが、人の場合は痛み、身体の不調という形で表現されます。ですので定期的に心や身体からいらない情報を外に出してあげる必要があるのです。
そうする事で新たなものを受け入れることができるのです。
その人らしさとは?
では、「その人らしさ」とは何なのか?ということですが、私たちが参考にさせていただいている日本の整体の創始者、野口晴哉先生の息子さんである野口祐介先生の講義録より引用させていただきます。
以下引用
≪野口裕介(ロイ先生)講義録より≫
その人らしさとは
前文略
前回お話したように、自分が思っているような形にしたからと言って、相手にとっては力が発揮できるとは限らないのです。
この事が一番大事なことなのです。つまりどんなに説が正しくとも、その人が少しも元気にならなかったというのであれば、それは意味がないのです。
ですからその人に合うということを考え、そして一番その人らしい何かが生まれ出てくることによって初めて健康というものがあるのだということです。
けれどもそれは逆に言えば、健康であればその人らしさというものはすべてに現れているということです。
ですから硬張りという目から見ていくならば、その人らしさ、個性というものを発見することは難しいのではなかろうかと思うのです。
つまり異常というものに個性を見つけるのではなく、その人のごく当たり前な姿に個性というものを見つけていくということです。
当たり前な姿、或いはごく当たり前のことだと言うと、日本人はよくそれはみな同じことだと考えてしまう性質があります。
野茂というプロ野球の投手がボールを投げている姿を見れば、それは実に完成された動きをしていることは素人が見ても分かるでしょう。非常に綺麗な形で、自分の体を十全に使って投げている。
その人自身が自分の力を発揮しようとして編み出しているその形、フォーム自体が実に綺麗ではないですか。けれども日本の野球コーチは「あれでは駄目だ」と言うのです。
どちらがおかしいのでしょう。「ああやって後ろを向いてしまうのはいけない。あれは形を直さなければ駄目だ」と言って、へんてこりんなコーチが教え、直そうとしたのです。
それでは教えられるわけがありません。みんなそれぞれ異なる人を同じ一つの型に当てはめようとすると、それで潰れてしまう人はたくさん出てきてしまう。
たしかに型にはまったことで、その小さな世界だけなら通用するということはあるかもしれないけれども、ちょっと器が拡がったらもうそこでは通用しない人間というのはたくさんいるものです。
型にはめるということを全く否定はしません。それもまた大事なことなのかもしれない。だけど個性というものを考え、その人の体の使い方や動きということから考えたときには、その人の力が十全に発揮できるような、環境や理解というものを、みんなが持っていなければならないことは間違いありません。
なぜならそれがその人の健康と関わりがあるからです。健康と関わりがなければ、そんなに大事な問題ではないかもしれないとも思う。
ともかく野茂選手をみていると分かるように、ボール一つ投げるのだって、完成するのはやはり自分なのです。
引用終わり
例えば、野球の選手でもマラソンの選手でも基本の形はあっても、投げ方や走り方には個性があり全く同じものは存在しません。
逆に、「なんでこれで打てるんだろう?」「なんであのフォームで投げれるんだろう?」「あんなに身体を傾けて走っているのに、なぜあんなに速いんだろう?」と、疑問に思うことはないでしょうか?
実は、身体を単に真っ直ぐするのがいいとは限らないのです。また、解剖学の標本通りのような身体が必ずいいとも限りません。
真っ直ぐな美しい姿勢でも競技でのパフォーマンスが悪かったり、速く走れなかったり、痛みが出ることもあるのです。また、あまりにいい姿勢を意識したり身体のことを良く知らない人に姿勢を指摘され、無理に基本にはめ込んだがゆえに、逆に身体をガチガチに固めぎこちない動作になってしまったり、自律神経症状や痛みが出る方も沢山いらっしゃいます。
人はテレビや雑誌の健康情報を見ていると、一定の形に自分を当てはめて行く事がとても多いのですが、それは野球をしている人が全て同じ投げ方や打ち方、マラソンをしている人が全て同じ走り方にしようとしているのと同じことなのです。
身体というのは多様性があり、
国によっても
性別によっても
年齢によっても
考え方によっても
身長によっても
体重によっても
手術などの既往歴によっても
その人の身体の状態によっても
置かれる状況や環境によっても
違いが出ます。
世界最速の男と言われるウサイン・ボルトは側弯症といって、元々背骨が横に捻れていますが、世界一早く走ることが出来ます。院長の私も子供の頃から側弯がありますが、身体の痛みや不調はありませんし、海で泳いだり山登りをしたり筋トレもできます。
要は、側弯があっても背骨1つ1つに連動した動きがあること、そして身体にあった動き方をしている方がはるかに大事なのです。
なので、歪みそのものが悪いということはありませんし、自分の身体の特性をよく知った上で合う動き方ができていれば日常生活に支障がないですし、ボルトのようなハイパフォーマンスまでもが叶うのです。
型にはめることで起きる弊害
整形外科クリニックの勤務時代、いつも腰が痛いと言っている方のレントゲンを見てみると、なんと解剖学の標本のように美しいのです。
しかし、それでも腰痛が出ているのです。いくら美しい姿勢をしているからといっても、背骨に動きがなかったり上手く身体が使えていないと、結局痛みが出てしまうのです。
いくらいい情報でもやり方でも、その人に合っているかどうかを考えないと、逆にパフォーマンスが落ちたり、痛みが出たりすることが多く、また情報に当てはまらないがゆえに悩みを作っている人がとても多いと感じます。
どうしてもその情報に固執していると、新たな視点を取り入れる柔軟性がなくなり解決策が見つからず、同じ事でずっと悩み続けていたり結局治らない、という事にもなります。
多くの人の情報源であるテレビや雑誌で言われていることは、アメリカ発祥のものが多く、日本人に合わない事が多いです。
もちろん全てがそうとは限りませんが、日本人とアメリカ人では遺伝子も骨格も、筋肉のつき方も習慣も違うので、全て同じと考えないほうがベストです。
その辺を理解した上で上手く情報を使えれば問題はないのですが、ほとんどの人はありとあらゆる情報をどう取り入れていいのかがわかりません。
そうなると良い情報が書いてある本よりも、テレビや雑誌など多くの人が目を通すものを基準にしてしまいます。
人の身体が捻れたり、痛みが出るのには必ず理由があります。ただ単に捻れだけを真っ直ぐしたり不調を薬で抑えたりするのは一瞬はいいように見えても、結局はその理由をすっ飛ばした上で何かを取り入れているので、また同じことの繰り返しになるのです。
これではいつまでも健康といえないのです。
整体の役割
固定観念や執着など余計な情報を削ぎ落として、その人らしさを出していくことが大切です。
当院にも、人に姿勢が悪いと言われたから私は絶対悪いのだと思い込んでいる人がいますが、私たちからしてみると許容範囲内であったり問題がないケースも多いのです。
また、便秘に悩む人が雑誌やテレビの情報でこれを食べたらいいと言われるものを熱心に取り入れているのに、全く良くならないと言われる人もいます。便秘ひとつにしても原因は人それぞれで、型にはまることはないのです。まず、その人の原因に目を向けなければならないのです。
naturaのクライアントさんは、今まで自分が実践された健康対策や考え方をお話してくれます。私たちはその人の身体の状態を評価した上で、合うものや合わないものをアドバイスをさせていただきます。その気づきの中で身体の状態が良くなる人も多くいます。
余計な情報を取り入れていれたり固執はしていないか、なぜそうなるかの原因を考え問題を解決していったり、解決できない場合は上手く活かして、その人らしさを出していくのが健康な状態を作ることであり、本来の整体の役割であると考えています。